母の最期の日々その3

実家問題
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家に帰ると、落ち着く間もなく介護ベッド業者や薬局から電話が何度かあり、急に家が活気づきました。

父の時もそうでしたが、病人が一人家に居るだけでたくさんの人が関わってくれて、その一人のために最善のことをしようと動いてくれて本当にありがたいことでした。

父の死後、母の家での介護ベッドのマットを最安値の物に変更していました。ほとんど自宅には戻らないので少しでも費用を押さえてもらっていたのでした。

施設ではどんどん褥瘡がひどくなり、先月になってやっと施設で使うマットを床ずれ防止の一番いいマットに入れ替えてくれていました。

今回の帰宅で、あと1,2日の命だと思うも、一番いいマットを家にも再手配してくれ、セッティングで汗だくになりながら使い方の説明をしてくれる業者さん。

お医者様が新たに点滴などを処方され家に持ってきてくれた薬局さん。

最期の最期までお世話になりました。

でもなぜか2週間分ものいろいろな薬剤を持ってこられ、

私

えっ?こんなに?

もしかしてそれくらい生きられるの?

と思っていたら、後ほど回収に来られ二日分だけ置いていかれました。でも、まだ数日分の在庫が家にはあったので、

私

ちょっと多くないかな?

そんなに生き長らえるとは思えないんだけど。

いろいろな方に感謝感謝なのですが、医療業界の薬の出し過ぎ問題?は疑問に思います。

『明日亡くなるから薬は要りません』とは言えないのは分かるんだけど、これも税金ですからねぇ。

クリニックの方針なのかな?無駄はなくして欲しいと切に願います。


さてさて、すべてのことが済んでゆっくり落ち着けたのは夕方6時を過ぎていました。

母の側から一時も離れたくないけれど、メルカリが売れていたのでどうしてもコンビニに出荷しに行かなくてはならず、晩ご飯も滅多にコンビニでは買わないけれど仕方ない。兄に母のことを頼んで、大急ぎで用事を済ませました。

あとは母のそばでゆっくりと背中をさすって過ごしました。

目を開けたら何かを言う母ですが、ホントにもう何を言ってるかは分かりません。

ただ数日前に次兄が、『お母さん、【こわい】って言ってるんちゃうかな?【こわいの?】って聞いたらこくんと頷いた』と言っていたので、

私

お母さん、こわいの?こわくないよ!

もうすぐお父さんが迎えに来てくれるから大丈夫。

全然怖いことなんかないから!!

大丈夫、大丈夫。

お父さんがお母さんのこと守ってくれてるからね。

なんだか残酷な言葉かもしれないけど、何もしゃべれなくなってる母なので、私もこんな変な励まししか思いつかなかったのでした。

この夜は、私が寝てしまってる間に母が逝ってしまうのが怖くて、うつらうつらしてしまっても、息が止まるのに気づくたびに目が覚めて確認しました。

でも、明け方4時くらいには私がもう無理で

私

ごめん

もう無理やぁ

寝るねぇ

と、私は寝てしまいましたが、翌朝6時頃目が覚めたら、なんとなく元気になったように見えた母がいてくれました。

それでは今日もありがとうございました(@^^)/~~~

ちょっと引っ張ってしまってごめんなさい。

細かく書き残しておきたくて長くなってしまいます😓

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コメント

  1. grey より:

    お母様との最後の日々、
    ぜひ書き残しておいてください。
    私は、母を在宅介護して、間もなくその母も亡くなりました。
    もう亡くなってから10年近くたちましたが、だんだん当時の記憶が薄れてきています。
    大好きだった母のことまで忘れていくようで・・・
    何かの形で残しておけばよかったなぁ~と少し後悔しています。

    • えみんちょ えみんちょ より:

      分かって頂けますか?
      母が亡くなって2週間ほどですが、もう記憶があいまいだったり、最期の顔も薄~くなってきました。

      greyさんはもう10年も前でしたか。まだお若かったでしょうねぇ(泣)

      どんなこともそうですが、目の前に起こることに精一杯向き合うしかないですよね💪

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